新潟県阿賀野川紀行 小さな旅 本尊岩 [日々のこと]
2019・3・23 山口 冬人記
阿賀野川沿いに本尊岩と言う所があります。
国道49号線でしたが落石や崩落する危険個所があるため、
揚川バイパスが出来き通行止めになりました。
明治時代イギリスの旅行作家エザベラ・バードが
津川港から船に乗り新潟へ行きました。
エザベラは船から見た風景を「廃墟のないライン川で進む先では
岩戸を開け過ぎれば岩戸を閉める様だ」と記している。
阿賀野川は四季を通して美しい川です。
今は廃道になったので立ち入りが出来ない国道から見れた風景。
ダム湖の奥に見える左の山が日本平山と日倉山、
手前の集落は小花地地区です。
昔は橋が無かったので船が活躍しました。
揚川ダムから見た本尊岩。
私の写真が載ている「奥阿賀の魅力」http://www.okuaga.com/about/
山口 冬人 JPS日本写真家協会会員 新潟県美術家連盟会員
現代俳句協会会員 俳誌「暖響」所属
写真工房 冬人 2階 築100年超の古民家 「奥阿賀ギャラリー喫茶とんぼ」
阿賀町津川3449 電話0254-92-4345
阿賀町観光 ユキツバキの季節 [日々のこと]
2019・3・23 山口 冬人記
もうすぐ雪椿の季節です。
前の記事より。
阿賀町はユキツバキ発見の地 命名の地、でも知らない人が多い。
町の観光資源のひとつなので私も一生懸命に宣伝活動しています。
麒麟山温泉 古澤屋さんの雪椿園。
雪で倒れたユキツバキは雪が消えると立ち上がります。
昔薪を縛るのに使った聞いている。
それだけしなる枝で折れにくい。
昨日の雪椿園では種類によって咲き始めた.
特に原種の赤や白の花が早い。
ユキツバキは雪が積もっても枝が折れない。
冬は雪の布団を被って寒さから守られている。
雪の降らない地域に自生している藪椿は折れやすいようだ。
麒麟山に似合うユキツバキ。
2019年4月13日(土)雪つばきモデル撮影会を開催する。
楽しい撮影会になると思います
私の写真が載ている「奥阿賀の魅力」http://www.okuaga.com/about/
山口 冬人 JPS日本写真家協会会員 新潟県美術家連盟会員
現代俳句協会会員 新潟県俳句作家協会幹事
俳誌 「暖響」暖響作家
写真工房 冬人 2階 築100年超の古民家 「奥阿賀ギャラリー喫茶とんぼ」
阿賀町津川3449 電話0254-92-4345
新潟県 阿賀町 「吉田松陰先生が越えた諏訪峠を行く」 [日々のこと]
2019・3・23 山口 冬人記
過去の記事より、吉田松陰先生が越えた諏訪峠を越える。
今日は松陰先生が越えた諏訪峠を抜け行地までを歩きました。
参加者スタッフ含め25,6名。
遠く山口県萩市や東京・福島県からも参加されての行程でした。
白髭山を目指し柳新田より歩き始める。
白髭山は私が子供の頃「白髭山大滑降スキー大会」が行われ。
昔あった清川高原スキー場がゴールでした。
県下三大滑降スキー大会で盛大に行われていた。
歩き始めてまもなく熊が木の上で休んだ跡がいたるどころにありました。
この辺は熊が沢山住んでいるところと聞いていた。
柳新田の一里塚。
東蒲自然同好会会長の神田久先生が自然や気象などを説明してくれる。
峠に建つ松陰先生漢詩の石碑は雪の中に埋まっていました。
街道は危険な個所もあり雪崩を避けて迂回することも。
「殿様街道の大ぶな」で昔はこの様なブナが沢山有ったらしい 。
今は殆どが切られ杉が植えられている。
阿賀町歴史研究家の赤城正男先生の話が面白い。
研究熱心で阿賀町の歴史で知らない事が無いほどです。
行地へ下りると視界が広がり三川六名山が見渡せる。
行地の一里塚。
一里は約4Kmなので柳新田一里塚から4Kmの峠道を歩いた。
松陰先生は「焼山から綱木」まで厳冬の雪道を20Km以上歩いたことになる。
先生が宿泊した山城屋跡。
今は普通の住居なので中は見る事が出来ない。
私は始めての峠越えでしたが歴史や自然・雪道の歩き方など大変勉強になりました。
これで会津と萩と阿賀町が近くなったと実感しました。
山口 冬人 JPS日本写真家協会会員 新潟県美術家連盟会員
現代俳句協会会員 「暖響」所属
写真工房 冬人 2階 築100年超の古民家 「奥阿賀ギャラリー喫茶とんぼ」
阿賀町津川3449 電話0254-92-4345